サイモン&ガーファンクルについて

洋楽
kevin
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こんにちは。サイモン&ガーファンクルな気分のkevinです。

メンバーはポール・サイモンとアート・ガーファンクルの二人でアメリカの60年代を代表するフォークデュオです。

サイモン&ガーファンクルは透明感のあるボーカルに、哲学的な難解な歌詞、さらに運指の速いテクニックなギターサウンドは圧巻です!

ジャンルはロックであり、ポピュラー、映画音楽、インストもこなします。

 

1941年10月ポール・サイモンはニュー・ジャージー州ニューアーク市に生まれます。ユダヤ系アメリカ人で生後すぐニューヨーク市クイーンズ区フォレストヒルズに引っ越します。

同じ年の11月アート・ガーファンクルがひと月遅れで、クイーンズ区フォレストヒルズに生まれます。

1941年というと太平洋戦争が始まった年になります。

そして二人の出会いはなんと、小学校の卒業記念学芸会で行われた「不思議の国のアリス」で出会うのです。

ちなみに配役は、ポールは白ウサギ、アートはチェシャ猫役だったそうです。

初ステージは中学校のダンスパーティとなります。そして、高校などでコピーバンドもしていたようです。

音楽で身を立てようと思っていたのはポールの方だったようで、2人が大学に進学して道は開けてゆくのですが、アートは勉強好きな人で、大学では建築学を学んで行きます。

しかし、ポールがデモテープを送り続けた結果、デビューすることが決定すると、アートも相棒として一緒にデビューします。

デビュー曲である「ヘイ・スクールガール」で10万枚を超えるヒットを飛ばすもレコード会社が倒産してしまい大学に2人は戻ります。

アートはコロンビア大学で哲学、歴史、数学を学んでいき、教育専攻大学で教員の免許を取とって、ニュージャージーで教職に就きます。

ここで2人の人生は通常であれば分かれていくと思うのですが、またもやポールが情熱的にデモテープを送り続けたことにより今度はメジャーデビュー出来ることになり、サイモン&ガーファンクルがコロンビアからメジャーデビューするのです。

そして、「サウンド・オブ・サイレンス」が収録されたデビューアルバム「水曜の朝、午前3時」を発売するのですが、ビートルズブームのおかげで、エレキブーム真っただ中にフォークデュオは受け入れられず、当初全く売れませんでした。

またもや、アートは大学へ、ポールはヨーロッパに放浪の旅に出るのです。

そんな彼らが失意に沈んでいたであろう時ですが、ラジオを中心にアルバム収録曲である「サウンド・オブ・サイレンス」の人気が出てきて徐々に売れ始めました。

ここからがすごいエピソードなのです!

プロデューサーであるトム・ウイルソンが彼らに内緒で、アコースティックサウンドしかなかった曲に、エレキ・ギター、ベース、ドラムといったバックの音をサンプリングし、オーバーダブしたものを勝手にシングルカットして発売させてしまいます。

しかも、売れに売れているボブ・ディランの5枚目のアルバム「ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム」のレコーディングをしていたメンバーへ依頼したのです!

それがそのまま次の年に全米一位を獲得していくのです。

本人たちに内緒も驚きですが、ボブ・ディランの収録メンバーに依頼っていうところも超豪華でスゴイですよね!

海外でこの知らせを聞いたポールは急いで戻ってきて、わずか3週間でアルバム「サウンド・オブ・サイレンス」を完成させます。

このアルバムに収録されている「アンジー」はインストなのですが、ギターはさすがというサウンドです。この曲は本当に難しい曲です。

その後1968年に名曲「冬の散歩道」収録のアルバム「ブックエンド」を発売します。

1970年にはアルバム「明日に架ける橋」の発売と続き、お互いソロという道を選んでいき事実上の解散となります。

ちなみに、「スカボロー・フェア」も有名な曲で私も好きな曲ですが、もともと、イギリスに伝わる伝統的なバラードソングという事を知っている人は少なく、サイモン&ガーファンクルが作ったと思っている方も多いのではないでしょうか?

kevin
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しかし、良い時代ですよね、キャロル・キングは大学の音楽仲間だし、ボブ・ディランの収録のおかげでバッキングが入って代表曲が出来るなんてなんとも羨ましい時代です。

聞いたことがない人は、ベスト盤も出てますので是非聞いてみて下さい。

 

kevin
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聴くと根強い人気がある理由が分かりますよ~。